僕が受けていた頃は推薦入試が始まった頃で、東大、京大、阪大などがちょうど推薦入試を開始した頃だった。

様々な事情で推薦入試は賛否両論を生みがちであるように思える。

推薦がちょうど始まった世代の身としては、 阪大医学部の後期試験の枠がなくなって推薦の枠になったり、東大の後期試験の枠がなくなって推薦の枠になったりしていたのに嫌な気持ちになった記憶がある。 あと蓋を開けてみれば女子率を上げることが狙いかのような合格者男女比だったりするのもヘイトを買っていた理由だったと記憶している。

少し主張しておきたいことを書こうと思う。

主張1: 推薦はあった方が良い

僕の自論としては、推薦入試はある程度あった方が良いと思う。 女子枠だとかいろいろ騒がれていたが、僕の代の推薦入試で入ってきた人たちは一般入試で入ってきた人たちと張り合っていたし、特殊な経歴の持ち主が多く、たくさん目立っていた。 卒業後の進路も面白く、スタートアップで上場を経験したり、いい意味で一般入試組に影響を与えていたと思う。

ありがたいことに僕がAIについて学び始めたのは推薦入試で入ってきた旧友のおかげである。彼が僕にAIについて学ぶ講座を教えてくれたのだ。

主張2: 後期入試は残すべきだった。

推薦で消え去ってしまってみんな忘れているけれども、後期入試というものが存在した。前期でたまたま調子が悪かったり(体調も含む)した人が後期入試を受けて希望の大学に進めるというものだ。これがなくなってしまってからは前期試験へのプレッシャーが半端ではなくなった。安価で行ける国立大学に入るためのテストが一回しかないというのはどうなのか。

主張3: ペーパーテストは残すべきだ

ペーパーテストでしか入れなかったであろう自分としてはペーパーテストの枠を残してほしいと切に思う。どうかアメリカみたいにならないでほしいと。

しかし、これは自分良がりの主張でしかない。自分が成功するために使ったルートが後世に残っておいてほしいと思うだけだ。

実際のところは、大学のボーラーラインを敷くときに、「ペーパーテストで測られる価値」よりも「推薦入試で測られる価値」の方が長い目で見たときに国力や世界の豊かさに繋がるのであれば、大学はそうするべきだと思う。

主張4: 与えられた枠組みで戦うしかない

一個人というスケールで見た時は、与えられた枠組みで戦うのをお勧めする。自分がいかに推薦という仕組みで不利益を被っていたとしても「それはそういうもの」なのである。

嘆いても仕方ない。自分がコントロールできないことに頭を使うより、与えられた枠組みで最適な戦略を取ろう。

それでも本気で変えたいと思うのなら、大学の先生や文部科学省の偉いさんになって人生をかけて変えれば良い。